”人間関係の緊張感” 2005.9.30(fri)
 おはようございます。ほんとこちらはすっかりご無沙汰しておりました。先日23日に沖縄合宿の実施報告会も終え、ようやく落ち着きました。時はもう10月。
ここ藤枝も朝夕はすっかり秋めいてきました。お陰様で本業の静岡オープンスクールの中学部で、このところ入塾者が相次ぎ、教室もますます活気づいております。
ご紹介ありがとうございます。また、NPO静岡県教育ファーラムではこの9月、MSNメッセンジャーのWeb会話による遠隔地個別指導もスタートし、いろんな効果を示
してきております。パソコンを黒板に向け、当スクールの授業にも一緒に参加したりして、楽しくやっております。ほんとこのところに技術進歩にはびっくりですね。
 そんおり学校に行けない子供たちと話してまして、今の彼ら(彼女たち)の心の内を改めて垣間見た事がありましたので、少し書かせて頂きます。なるべく授業に
参加できるように学校側も配慮して、仲の良い友達を同じクラスにしたり、あるいは近所の同級生達を出来る限り同じクラスにいるようにしても、なかなか授業に参加
できない。理由を聞くと、「知っている子達がいるからこそ、授業に出れないんだよなあ。」という返事が返ってくるんですね。ならば、どういう状態なら授業に参加でき
る?って尋ねると、「全く知らない子で、しかも多くて5,6人ならいいんだよね。」と言います。これまで多くの精神科医、心理学者や臨床心理士達が不登校に関して
様々に研究し、いろんな書物や論文が発表されきている中で、私がここで結論じみた話をするつもりは毛頭ありませんが、この言葉から4年前静岡第一テレビから
下田での合宿の取材を受け、放映された時に、テレビ静岡さんが取材した浜北のダダクリニックの大野木先生(臨床心理士)の話を思い出しました。「不登校の子達
は人間関係を築くのが普通の子達よりちょっと苦手でなんです。」人間関係を築くのがちょっと苦手だから、常日頃接する友達だとより失敗を恐れ、より強い張感を感
じるんですね。その意味で彼ら(彼女たち)達の言葉は決して逆説的な言い方ではないんですね。じゃあ、どうしてそうなるか。それはやはり核家族、少子化、そうした
社会現象からくる、”人の中での揉まれ不足”ではと思うんです。いかがですか?