”ジミー(幾米)作・絵「地下鉄」ー小学館ー” 2009.6.3(wed)
 華流ドラマ「地下鉄(メトロ)の恋」の原作を読んでみました。帯に、盲目の少女が、あきらめと希望、悲しみと喜び、闇と光・・・交錯する様々な思いの中で
繰り広げられる幸せを探す物語と紹介しています。絵本なんです。いい言葉に出会いました。「どっしりとした歩き方が 私を安心させてくれる」ー心理カウ
ンセリング研修のブラインドウォークで感じました。「傷つくことが多いほど 人は強くなれる」ーそうだね。「世界は 出口のない 迷路」「どうどう巡りに さま
ようばかり」ー盲目の少女だけではないよ、今世界中の人々、みんなもそう。「思い出の扉に 記憶の影が のびていく」ー過去の思い出はそうなんだろうね。
「希望をさがそう 暗闇を恐れずに 幸せは ほんの近くに 隠れているかもしれない」ーうん、うん。「飛び立つ勇気があれば 苦しみから逃れることができ
る」「明日を信じる心があれば 道を見つけることができる」ーいい言葉です。「つまずき ぶつかって やっと気づく 求めているだけでは 手に入らないのだ
と」「私は返ろう 私の世界に うわさ話など あとに残して」ーこの意味がちょっと。「この世と別れてもいいと思っていた 世界の美しさに気づかぬうちは」ー
世界の美しさを知ったんだ。でも、どうして知ったのかな?目の見えない少女が。ドラマで「心で美しさを感じる」と言ってたけど。「美しい宮殿に悪意が燃え上
がる」ーこれも、う〜ん。「出会いのかげに たくさんの別れ」ーそうだね。「地下鉄の出口で 声をあげて泣いた すべてを 流し去る 雨の中で ぬれてしま
った服も いつかは乾く」ー確かに。「昨日の悲しみは 忘れてしまった 忘れるくらいの 悲しみだった」ーう〜ん。「たまには ゆっくりすわって 未来を語ろう 
とどまることを 責める人は ない けれど どこかにきっといるはずだ 地下鉄の出口で 私を待つ人が その人は 私にかさをさしかけ 手を握り、一緒に
歩いてくれるだろう」「生きていくことは いくつもの 驚き 生きていくことは いくつもの 喜び」「私も 探してみよう 心に輝き始めた かすかな光を」ーいい
年になっても、こうした絵本には感動します。




”富士山静岡空港開港に思う” 2009.6.4(thu)
 22年の歳月と総事業費約1900億円投じた「富士山静岡空港」が本日開港しました。ここ藤枝からは僅かに45分ほどで行ける非常に近い空港で、沖縄や
北海道、また海外での青少年の交流合宿を行うNPO静岡県教育フォーラムとしては是非活用したいのですが、昼近くの出発が多く、初日の活動が十分行うこ
とができず、結局今年は、羽田空港と成田空港を利用することになってしまいました。浜松から車で約1時間半、セントレア(中部国際空港)とほぼ同じ距離。
沼津からも約2時間で、羽田空港とほぼ同じ距離。こうした状況で、県の需要予測では年間利用者138万人を見込んでいますが、特に静岡県の西部と東部の
人達が果たしてどれだけ利用するのでしょう?夕刊を読みますと、空港反対運動に約20年携わってこられた、立木問題の地権者・大井さんが、「これで誰もが
空港そのもの問題に目を向けざるを得なくなった」と話されたようですが、開港したのだから、もうそうならないようにその対策を考えていかなくてはならないです
ね。まずは便の発着の時間割を検討して頂きたいです。このことは私がここで言わなくても、皆さんも既に感じてらっしゃることと思いますが。

 

”不登校・引きこもりの素因12009.6.6(sat)
 確か2002年の10月だったと思います。ここ志太地区の養護教諭の研修会で講演したレジメを、昨日NPO日本インターネットスクール協会(JISO)の研修のた
めに久しぶりに読んでみました。心理カウンセリングの勉強にと、こんな日誌でもお読み頂いていらっしゃる方々もおられますので、その極一部、「不登校・引き
こもりの素因」について、そのレジメを数回連載してみようと思います。レジメのため、文体が常体表現になっておりますことは、ご容赦下さい。また、講演原稿
のため、大変申し訳ありませんが、無断転用はご遠慮下さい。では、宜しくお付き合い下さい。
1.不登校状態の主な原因
 素因と起因(誘因)と継続因とが三つ巴に関係しあっている。起因(誘因)として、学校生活面で―友人をめぐる問題(いじめ、友達ができない)、学校の先生と
うまくいかない、学業不振があり、本人の問題として―不安、緊張、無気力、更に家庭生活、とりわけ夫婦の不仲がある。また、継続因として、本人の問題―無
気力・不安などの情緒的混乱、複合、あそび、非行、意図的拒否があげられる。
 (1)素因について
   
平井信義氏 「登校拒否児」より
     不登校は、これまでの人格形成のゆがみを調整している状態である。ここで言う人格形成とは、
    自主性の発達が遅れていることや、欲望の統制の能力が低いことを言う。前者は命令や干渉が多く、
    過保護であったことが原因であり、後者は子どもの欲望の言いなりになる溺愛の養育があったからである。
   〜国分康孝氏 「子どもの心を育てるカウンセリング」より〜7
     今は人間関係が希薄な時代。子ども達は誘い合っても一緒に遊ぶ訳ではない。マンガを読む者、
    パソコンをいじっている者、テレビを見ている者などばらばら。こういう時代ゆえ、人とのふれあ
    いとか連帯感を体験しないまま成長する。その結果、慢性の孤独感や人付き合いの未熟さゆえに自
    分の内にこもるようになる。不登校児童・生徒は仲間との関わり方を身につけていないことに由来
    している。阪神大震災の後、不登校児が登校を開始した例が多い。あの苦境の中を生き延びるため
    には人々は連帯せざるを得なかった。その体験が不登校児に人間関係を作り、それを保持するとい
    う感覚を学習させた。
   
浜北のメンタルクリニック・ダダの臨床心理士・大野木泉先生(20018月24日静岡第1テレビ
   が当NPO静岡県教育フォーラムの下田での自然体験合宿の
模様を放映した「不登校の子ども達の夏
   休み」のニュースの中で)
     「不登校の子達は、年令より幼い子が多くて、そのせいか対人関係がうまく持てない。元々人と
    いうのものが信用できない子が多く、周りの人と安心して関われない。いつも緊張してビクビクし
    て過ごす。従って、普通に生活しても人よりストレスが多くなり、どんどん力がなくなり、元気が
    無くなって不登校になっていく子が多いと思う。」
  a.慢性型の不登校生の行動特徴―溺愛と過保護を受け、自主性の発達が遅れているので、自己中心的である。
   1)わがままな傾向が強いので、友達ができにくい。
   
2)幼い頃から友達と体力を使って遊んだ経験に乏しいから、体育がきらいである。
   
3)困難に打ち勝つ意欲が養われていない(自己中心的―わがままーである)から、学科に対して好き嫌いが強い。
   
4)偏食が著しい。
   
5)欲望を統制する能力が養われていないため物質的・金銭的欲望が強い。
   
6)つらいことことは避け、特に体力を使うような作業は嫌う。
   
*不登校のスタートは幼児期にあり、その中でも1〜3歳の扱い方が重要です。
  
.急性型の不登校―思春期以後になって初めてその状態を表すが、それ以前には「まったく問題がなく」、
   むしろ「いい子」と評価されていた子に現れる。しかし、この「いい子」の評価が誤っていた。大人達
   が、その誤った「いい子」の枠組みの中に子供をはめ込んで、自主性の発達を妨げてしまったことにあ
   る。私達、親や教師は、この点を大いに反省し、対応を見直すべきである。
   1)親や先生の言うことをよく聞き、いたずらをして大人を困らせない、すなおな子だった。
   
2)けんかをせず、いつも仲がよい。
   
3)親に対する「甘え」が少ない。甘えない子をしっかりとした「よい子」と評価している。
   
4)学業成績がよい。
  
 不登校の現れ方に慢性型と急性型に分けたが、それによって直し方を考えるには便利であるが、現実は混合型が多い。



”不登校・引きこもりの素因2” 2009.6.7(sun)
 2002年の10月、志太地区の養護教諭の研修会で講演したレジメの一部の続きです。繰り返しますが、講演原稿のため、大変申し訳ありませんが、
無断転用はご遠慮下さい。
 補足 不登校の起きる契機(平井氏の推論−「登校拒否児」より)
  1)自己の空しさ
     
思春期以後、特に中学生や高校生になると、学校生活やその他の社会生活の中で、自主性を求
    められる場が多くなる。「お前の考えはどうなんだ?」と聞かれて、「お母さんはこう言ってい
    た」では済まされない。しかもそれまで親から与えられていた枠組み以外のことで判断をしなけ
    ればならなくなる。女にもてる話やエッチな話、いたずらのことや校則に反することなど、思春
    期の子供達の話題は多彩になる。ところが、不登校になるような子供は、そうした友達の言動に
    ついていけないし、さりとて自分の考えを主張できず、自己の空しさを感ずるようになる。そし
    て、強い不安と劣等感をもち、心が重くなり、学校に行きたくなくなってしまう。これまでの「
    よい子」でははいられなくなる。そのときに積極的に友達とぶつかればよいが、本当の意味での
    友達作りの能力が育っていないので、孤独になり、それが学校からの逃避に拍車をかけることになる。
  2)栄光が傷つく
     
不安があると、学校の勉強が手につかなくなる。したがって成績が下がり始める。ところが、
    過去が栄光に輝いていただけに、そして、それゆえに親や教師から高く評価されていただけに、
    非常に強い不安が子供を襲ってくる。初めは努力するが、結局は自主性に基づく意欲が育ってい
    ないから頑張りがきかない。そして、挫折感ばかりが強くなってしまう。友達は頼りにならない
    し、親の援助も期待できない。急速に学校が重圧になる。

 

”不登校・引きこもりの素因3” 2009.6.8(mon)
 2002年の10月、志太地区の養護教諭の研修会で講演したレジメの一部の続きです。繰り返しますが、講演原稿のため、大変申し訳ありませんが、
無断転用はご遠慮下さい。
 不登校、怠業、非行の生徒のエゴグラム
  交流分析では、人間の心には5つの自我状態、即ちCP:批判的な親の心―頑固親父、NP:保
 護
的な親の心―世話好きおばさん、A:合理的な大人の心―コンピューター人間、FC:自由な子
 供の心―やんちゃ坊主、AC:順応した子供の
心―いい子ぶりっ子があると考えており、その自
 我状態から給付されると想定される心的エネルギーの量を、グラフに表現したものがエゴグラム
 である。交流分析による心理カウンセリングを行う当フォーラムでは、各人の対応にはこのエゴ
 グラムを活用する。これまで私共で対応してきました児童・生徒の中で、この交流分析を採用し
 てから取りました児童・生徒のエゴグラムを分析すると、これまで述べてきたそれぞれの心的原因が見えてくる。
 a.不登校時のエゴグラム(資料の不登校時のエゴグラムは割愛させて頂きます)
   (1)で述べてきた不登校の素因は、このエゴグラムに見事に表現されている。当フォーラム
  で現在対応し、あるいはこれまで対応してきた不登校生に多く見られるのは、NP(又はA)
  とACの値が高く、CPとFCが低いN型・自己否定、他者肯定型で、特にACが高いのはほ
  ぼ共通している。即ち、自分を抑えて相手からよく思われるように行動する。どちらかという
  とおせっかいが高いNPと相まって、まさしく「いい子」なのである。劣等感・無力感を持ち
  やすく、本当の自分を出せません(というよりは、identity確立がしていない)。やりたいこ
  ともやれず、言いたいことも言えない傾向があるため、ストレスが溜まりやすいのも、自主性の未発達ゆえである。
   
また、Aが高い値を示し、物事を合理的に考え、あるいは、あれやこれやと考えすぎて人と
  接するがために友達ができにくく(あるいは、友達が離れていき)、友達の誤解を招きやすい。
   同じAが高くても、CPが最も高くNPが最も低い場合は、学習態度が悪く節度なく小グル
  ープ化する女の子達が許せない。ところが、同時にAC(いい子)も高いので、それを外部に
  向けて表出することができないために教室には行けず、好きな読書で平穏に過ごしたく当フォ
  ーラムに来る(勿論、他の生徒とは別教室)。しかし、当フォーラムだけでは学校の数人の話
  せる友達と全く会えないので、その関係は保ちたく学校の保健室なり、カウンセラー室に行く。
   低いCPは、「反抗現象」の少なさを表す。時に高いCPを示し、同時に高いACを示す子
  供は、攻撃感情を内に向け、「自分はみんなと違ってダメな人間なんだ」とか、自己嫌悪や自
  己処罰の形で処理する。あるいは、場合によっては不穏期の現れかもしれない。
   さらに、低いFCは感情交流が下手なので、友達がなかなかできないことを示し、同時にN
  Pも低い場合、他人との楽しく温かい関わりができず、引きこもっている状態を示す。同時に
  CPも高いと、攻撃感情は自己嫌悪をも越し、半ば自暴自棄にまで自分を追いやり、唯一の慰
  め(女子)にすがり、非行行動に走る男子もいた。

 

”遠距離恋愛学” 2009.6.10(wed)
 現在週2日、心理学系統の小論文を指導しておりまして、その題材を調べておりましたら、面白いブログ(カウンセリングルーム:Es Discovery)
を見つけました。皆さんの中には既にご存じの方もおられるかもしれませんが、また、殆どが引用ですが、宜しくお付き合い下さい。勿論、その引
用は、そのブログからです。
 「人間関係の中で、相手の注意や好意を惹き付ける魅力のことを『対人魅力』と言います。人間の”好き・嫌い””好意・嫌悪”に大きな影響を与え
る対人魅力には、以下の4つの要因を考える事が出来る」そうです。
 「環境的要因……住居・学校・職場が近いなど、実際に出会う機会の頻度が高かったり、言葉を交わす会話の場面が多かったりすると相手への
好意が生まれやすくなり対人魅力が高まる。
外貌的要因……美しくて整った容姿とスタイル、愛嬌のある可愛らしい表情、恰好よくて端整な容姿と
スタイルなど優れた外見は、相手の肯定的な注意関心を引き付けやすく対人魅力が高まる。
生理的要因……強い不安感を感じて落ち着かない時
や恐怖を感じて誰かを頼りにしたい時、見知らぬ場所や困難な状況で孤独感を感じている時などには、誰かと一緒にいて不安を緩和したいという
心理状態になり、一緒にいてくれる人の対人魅力が高まる。気分の悪い時よりも、気分の良い時のほうが、相手に対する好意が高まる傾向がある。
性格的要因……趣味や価値観が共通していたり、自分に対する行動や発言が共感的で支持的である場合などには、相手の性格に対する好意が
起きやすくなり対人魅力が高まる。」(引用)
 この一番目の「
環境的要因による対人魅力の増大とは、簡単に言えば、近くて頻繁に出会い、話す機会がある人に対しては、(余ほど自分に対し
て不快感や抵抗感を抱かせる相手でない限りは)好意的な態度や親近感が形成されやすいということです。」(引用)これは、社会心理学者、R.J.
モアランドとR.B.ザイアンヌが実験的に証明した「単純接触仮説」によって説明することが出来るんですね。「その実験とは、女子学生グループに、
一週間に一回、男子学生の写真を見せて、その男子学生に対する好意度の変化を調査するというものです。毎回、同じ人の写真を見せられたグル
ープのほうが、毎回、色々な人の写真をバラバラに見せられたグループよりも、その男性に対する好意度が高くなるという結果が出ています。」(引用)
 そこで、表題の遠距離恋愛。その「両者の最大の不安は、距離が離れていればいるほど、相手の実際の生活状況が分からないということ。恋愛関
係の不安に限定して考えてみれば、職場や学校、私生活において自分以外の異性との接触がないだろうかという心配があり、新しい自分のいない環
境で異性からの誘惑を受けて恋人の心変わりが起きないだろうかという不安もあります。遠距離恋愛が始まって暫くの間は、精神的な愛情や信頼に
よる強固な結びつきをお互いに感じていますから殆ど不安の高まりはないのですが、実際に会う頻度の低下”が連絡する頻度の低下と結びついて
くると相手への疑念や不信が高まってくる可能性があります。遠距離恋愛で、物理的な距離が遠くなるという事は、繰り返し出会って話す機会が減ると
いう事ですから、どちらかが、一緒に居て心地良い気持ちになるような異性と頻繁に出会う機会が増えてくると、その異性に自然と魅力を感じてしまう
危険が生じてきます。初めは『自分には大切な恋人がいるのだから、絶対に他の異性とは親しくならない』という決意があっても、日常的に繰り返し出
会うという”単純接触の効果”によって好意的態度が十分に形成されてしまった段階で、相手のほうから告白や誘惑を受けたりすると、遠距離の恋人が
嫌いになったわけでもないのに、近くて頻繁に顔を合わせるその異性のほうに惹かれてしまうことがあります。」(引用)確かにそうですよね。
 「しかし、全ての人が、遠距離の異性よりも近距離の異性を選ぶというわけではなく、『遠距離の恋人を思う信念の強度と恋人の信頼を裏切ることへの
抵抗感が十分にあり、他の異性への好意や興味が強まるような接触機会を意図的に回避するような人』の場合には、長期間にわたる遠距離恋愛もうま
く継続していくことが出来ると考えられます。」(引用)と。遠距離恋愛のお二人様、ご安心下さい。

 

”体内記憶” 2009.6.12(fri)
 昨年のいつだったか、この日誌で心はいつから生まれるかの話の中で、名前は忘れましたが、スピリチュアルカウンセラー(だったかな?)の某氏が、
テレビで「私は母親の胎内での記憶がある。」と話したのを聞いたという生徒の話を書いた記憶がありますが、この度また心理について話す機会があり、
改めて心はいつ頃からできてくるかを調べておりましたら、胎内記憶研究の第一人者である池川明氏が、2004年京都で行われた赤ちゃん学会で発表
した資料を探し当て、大変興味い内容でしたので、教はその話をさせて頂きます。
 2003年の夏と冬、長野県諏訪市・塩尻市の協力を得て、3601組の親子に胎内記憶に関する調査アンケートの結果の資料です。見ると、3人に1人
の割合で胎内記憶・誕生記憶のある子供たちがいるのです。しかし、残りのうちに半分(即ち、全体の3人に1人)は「はっきりしない」という回答で、その
理由は「子どもが話したがらない」「子どもに質問したことがない」「子どもの答えが不明確」であるから、この残りの2人に1人の中には、もしかしたら胎内
記憶・誕生記憶を持っているが、話す機会がない子、もしくは未だ言葉でうまく伝えられないという子も含まれている可能性があり、実際に記憶を持ってい
る子供たちはもっといるのではないかと考えられますね。従って、この論文にも書かれております通り、科学的証拠はなくても、アンケートの子供たちの生
の声から胎内記憶の存在が明らかになったように思います。しかし、その記憶も言葉を話し始める2,3歳がピークで4歳から急激に少なくなっていき、記
憶があると回答した子ども428人中、最高齢の6歳はわずかに5人という結果でした。(故に、某氏の言は果たして本当なのでしょうか。)
 このアンケートは単に胎内記憶の存在を知ることではなく、両親が胎児に話しかけていた方が、胎内記憶、誕生記憶とのその記憶率が高く、反対に「特
に話しかけていなかった」方が、「記憶がない」という回答が「話しかけていた」方に比べて、圧倒的に多く、また、お母さんは赤ちゃんの誕生を心待ちにし
て頻繁にお腹に話しかけていたケースでは、「あったかかった」「たのしかった」といった、ポジティブな回答が多く、反対にお母さんが妊娠中赤ちゃんに余
り話しかけなかった場合、「さみしかった」「早く出たかった」のような、ネガティブな回答が多くなっている、という大変大事な結果を示しています。即ち、母
子相互の信頼関係の基盤がそこにあるように思います。そう、胎教は大事ですね。

 

”遂に本ホームページ訪問者が50,000人に達する。ありがとうございます!” 2009.6.15(mon)
 皆様、2000年3月に本ホームページを開設して以来、約9年と3ヶ月で訪問者が50,000人に達しました。ズブの素人作りで、ホントに拙いホームページ
ですが、皆様にご訪問頂き、深く感謝申し上げます。ありがとうございました。昨日まで霊峰富士を望みながら(の予定でしたが)1泊2日のNPO日本インター
ネットスクール協会(JISO)の研修会で、もしやその最中に50,000人目の方がご訪問されては、と気がかりだったのですが、昨日事務所に戻りました折に、
訪問者49,983名でホッとしました次第です。それから、本日午後3時半過ぎ、49,999人目の方がご訪問され、その直後あいにくお子様のご相談が入り
まして、気づかずにいましたら、午後4時半には50,0001人目の方がご訪問されておりました。ここ数年、情けない言い訳ですが、本業の立て直しと新たな
NPOの立ち上げで多忙を極め、この日誌も休みがちになり、当ホームページをご訪問頂いております皆様には大変失礼を致しました。しかしながら、これか
らも私自身の生き様の記録として、皆様には大変失礼ながら「つれづれなるままに」書かせて頂こうと思っております。宜しくお付き合い下さい。

 

”おかげさま” 2009.6.20(sat)
 今朝、こんなコピーが私の机の上にありました。昨夜店で飲んだ折に誰かにもらったのだろうか?


 夏が来ると、冬がいいと言う。
 冬がなると、夏がいいと言う。
 太ると痩せたいと言う。
 痩せると太りたいと言う。
 忙しいと閑になりたいと言う。
 閑になると忙しいのがいいと言う。
 自分に都合のいい人は善い人だほめ、
 自分に都合が悪くなると悪い人だと貶す。
 借りた傘も雨が上がれば邪魔になる。
 金を持てば古びた女房が邪魔になる。
 世帯を持てば、親さえも邪魔になる。
 衣食住は昔に比べりゃ天国だが、
 上を見て不平不満に明け暮れ、
 隣を眺めては愚痴ばかり。
 どうして自分を見つめないのか。
 静かに考えてみるがよい。

 一体、自分とは何なのか。

 親のおかげ。
 先生のおかげ。
 世間様のおかげのかたまりが自分ではないか。
 つまらぬ自我妄執を捨てて、
 自分勝手を慎んだら、
 世の中はきっと明るくなるだろう。

 おれがおれが(我)を捨てて、
 おかげさまで
 おかげさまでと暮らしたい。